交通事故の加害者が事故後に破産した場合、被害者の加害者に対する損害賠償請求権は、破産手続開始前の原因に基づいて生じた財産上の請求権に当たり、破産債権となります(破産法2条5項)。
したがって、被害者は破産手続によってその権利を行使し、他の破産債権者と平等に破産財団から配当を受けることになります。
そして、単なる交通事故による損害賠償請求権は非免責債権(破産法253条1項2号、3号)となっていないため、加害者に対する免責許可決定により損害賠償請求権を行使できなくなります。
交通事故における自賠責やその他の任意保険、いわゆる責任保険契約によって支払われる保険金は、加害者の保険会社に対する請求権ですから、破産財団に帰属するのが原則です。
しかし、それでは交通事故の被害者の救済は十分に図ることはできません。
旧商法の下では、加害者が責任保険契約をしていても、保険事故の被害者には、保険給付請求権に対する先取特権等の優先的な権利がなかったため、保険事故の発生によつて破産財団が増殖したにもかかわらず、被害者は他の債権者と平等の配当しか受けることができず、被害者の犠牲で他の債権者が利するという不合理な結果になっていました。
そこで保険法22条1項は、被保険者の保険給付請求権に対する被害者の先取特権を認め、被害者は別除権者(破産法2条9項、10項)として破産手続によらないでこれを行使する(同法65条1項)ことによって、責任保険金から優先弁済を受けることができる(先取特権であるから、加害者の破産の場合に限られない)ようになりました。
一方、自賠責保険については、被害者の保険会社に対する直接請求権が認められています(自賠法16条)。また任意自動車保険契約でも、約款上、直接請求権が認められています。
この自賠法16条の直接請求権も、任意自動車保険契約に基づく直接請求権も、被害者の加害者に対する損害賠償請求権とは別個独立の、被害者の保険会社に対する請求権であるとされており(最判昭57・1・19民集36‐ 1-1)、これらは破産債権には当たりません。
したがって、加害者の破産の影響を受けることなく、破産手続外で保険会社に対して行使できます。
なお、任意自動車保険契約における直接請求権は、約款上、被保険者と損害賠償請求権者との間で①判決が確定した場合や裁判上の和解、調停が成立した場合、②裁判外で書面による合意が成立した場合、が要件とされています。破産手続の場合は、破産管財人が調査において届出債権を認め、他の破産債権者が債権調査期間あるいは債権調査期日において異議を述べなかった場合、届出債権は届出どおりの内容で確定し、裁判所書記官による破産債権者表の記載は確定判決と同一の効力を有することになります(破産法124条)。
それ以降、被害者は直接請求権を行使することができます。
加害者の免責許可決定があった場合、加害者が悪意で加えた不法行為に基づく損害賠償請求権、故意または重大な過失により加えた人の生命または身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権(破産法253条1項2号、3号)以外の軽過失による事故の場合、加害者は損害賠償債務につき免責されることになります。
判例は、損害賠償債権が消滅すれば直接請求権も消滅するとして、損害賠償請求権と直接請求権の混同が生じた場合(最判平元・4・20民集43-4‐ 234)や損害賠償請求権が転付命令によって第三者に転付された場合(最判平12・3・9民集54‐ 3‐ 960)には、被害者は直接請求権を失うとしています。
そこで、加害者が免責された場合に直接請求権はどのようになるかが問題となります。
免責された債務の性質については、責任を免除されるにとどまり、いわゆる自然債務として存続すると解するのが通説であり、判例もこれを前提としています(最判平9・2・25判時1607‐ 51、最半Jtt H・11・9民集538‐ 1403)。
したがって、被害者は、加害者に対して免責許可決定がなされても、直接請求権を失わないと解されます。
もっとも、損害賠償債務自体が消滅するという説にたったとしても、被害者救済のために強制保険制度を導入し、損害賠償債務の確実な履行を確保するための手段として自賠法が認めた直接請求権が、加害者の損害賠償債務の免責によつて消滅するという結論は是認しがたいものと思われます。
この問題は、損害賠償請求権の消滅等の事由が、被害者側の事由に基づくものか(混同、転付)、加害者側の事由(免責)に基づくものか、被害者救済の必要性が消滅したか否かで判断すべき性質のものです。
加害者の免責は、被害者の直接請求権の行使に影響を及ぼさないと考えられます。
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